MENU

【MV解説・考察】 Agust D「해금(ヘグム)」「AMYGDALA」



BTS SUGAのソロプロジェクトAgust D。
2023年4月21日にリリースされたソロアルバム『D-DAY』により幕を閉じたAgust Dトリロジーですが、これまでに公開されたMVの中から新曲‘해금(ヘグム)’ ‘AMYGDALA’と前作『D-2』のタイトル曲である‘대취타’の物語の関連性やMVに込められたメッセージを解説・考察します。

 

 

 

MVのストーリー

 

各MVの物語の概要を簡単におさらいします。(以下MV公開順)

 

대취타

youtu.be

 

主な登場人物

・黒髪の男(現在の自分)

・金髪の王(過去の自分)

・村人 A・B(ジン・ジョングク)

 

物語の概要

暴君のごとく振る舞う金髪の王。そんな王が君臨する村を訪れたならず者の黒髪の男。
2人の男の右目には同じ大きな傷跡があった。
ある日処刑場で舞い踊る王の元へ仲間たちと共に車で乗り込んできた黒髪の男。
王に囚われた男は縄で縛られ目隠しをされ自由を奪われる。
※この描写は1st MIXテープ『Agust D』で制作された二本のMVにて、縄で縛られているユンギ(Agust D)、炎に包まれているユンギ(give it me)のそれぞれの姿を彷彿とさせられます。

ついに処刑の時が訪れたように見えたが、処刑人により縄を解かれ銃を受け取った黒髪の男は立ち上がり金髪の王を撃つ

 

 

해금

youtu.be

 

主な登場人物

・ならず者の男

・警官

 

物語の概要

白雪糖面という飲食店に現れたならず者の男は、飲食中の客から奪った赤い箸を片手に敵のアジトへ乗り込み大金を強奪する。
事件を起こした男を追う警官。
2人の右目には同じ大きな古い傷跡があった。

どこかにいる警官を挑発するように踊り狂うならず者の男と男を追う警官。
大金で溢れるバスタブに入っているならず者の男のこめかみに銃口を突きつける警官。
おどしに屈することなく金に火をつける男。
警官が彼をバスタブの中に押し付け、シーンは別の場所へジャンプする。

バスタブはドラム缶に置き換わり、ならず者の男の手には手錠がかけられている。
ドラム缶の水の中に再び押し込まれるが顔を上げるとならず者の男は銃を手にしていた。
銃口を向けられても不敵に笑う警官。
銃を放った男は、倒れた警官を見て同じように笑って見せる。
パトカーの窓から身を乗り出し白雪糖面に戻った男は食事を注文し、物語の冒頭で自らが奪ったのと同じデザインの箸を手に麺を啜りこちらに目を向ける。

 

 

AMYGDALA

 

Agust D 'AMYGDALA' Official MV - YouTube

 

主な登場人物

・グレーのニットの男(以下・Aと表記します)

・アルバイト中の少年

・カーキの服の男

・黒服の男

 

物語の概要

暗い部屋の中で夢を見ているグレーのニットの男(A)は、過去の自分がアルバイト中に事故に遭う夢を繰り返し見ている。
カーキの服の男がアーモンドを口にするシーンが挟まれながら繰り返される辛い記憶の夢。
Aは眠れぬ中、自分の目に大きな傷をつける。
暗い部屋の扉は開かれ光の射す方へと誘われるように歩み出すA。あと一歩のところで扉は閉ざされてしまう。
そして同じ部屋の中に現れた黒服の彼は、踊り狂うように華麗に言葉を紡いでいく。
黒服の男に閉じ込められたかのようにもがき苦しむA。
走馬灯のようにかけていく記憶の夢の中で、何度も手の平に出し口にした薬がアーモンドに置き換わる。
床を這い、扉へと向かうA。平衡を失い傾いていく世界。壁をよじ登るように扉へと進むA。
雨に打たれるアルバイト中の少年(過去の自分)と暗い部屋で仰向けになるA。
何かを口走ったAの声が届いたかのように、バイクを投げ出し駆け出す少年。
力強く歌い出す黒服の男。
少年とAは互いに扉を開こうともがき苦しむが、ついに扉は開かれないまま、Aは暗い部屋で仰向けに横たわり雨に打たれ続ける。

 

 

3つのMVの共通点

 

この3曲のMVの共通点として

・ユンギが一人二役を演じていること
・各MV中、対照的なキャラクターとして描かれている両者の片目に大きな傷跡がある

‘AMYGDALA’では正確には二役以上演じていることになりますが、大まかには上記の2点が共通する点かと思います。

 

‘대취타’に登場する金髪の王は過去の自分の象徴で、黒髪の男は現在の自分の象徴だとユンギ本人が語っていたことがありましたが、各MVの登場人物の役割がそれぞれリンクしているという面もあるのではないかと思っています。

 

例えば、‘대취타’の金髪の王は‘해금’の警官と同じように自由気ままに生きようとするならず者を捕らえようとし、結果的にならず者に撃たれてしまうという結果になる…という共通点があります。彼らを悪役と解釈するなら‘AMYGDALA’では、暗い部屋から抜け出そうとする彼を閉じ込めた黒服の男が王や警官に対応するキャラクターなのかもしれませんが、個人的には、MVのラストで部屋から抜け出せず仰向けになったグレーのニットのユンギの姿こそ‘대취타’や‘해금’の最後に倒された彼の中の人格のように見えました。

 

 

各MV 解説・考察

 

‘대취타’と同時期に‘해금’の構想を考えていたそうですが、

この2つのMVで2人のAgust Dのくり広げる対決のルートは同じです。

王や警官に捕まる、ならず者のAgust D。

処刑される寸前のところで銃を手にし、王または警官を撃つ。

 

‘해금’内で、ならず者の男がバスタブの水の中に顔を押し込まれている時、首に下げたペンダントがアップになりますが、古い硬貨に紐を通されたそのアイテムはSF映画では別の世界へとつながるきっかけとなるアイテムだったりします。丸いものの真ん中に空いた穴というものは昨今のそういった作品の中では別のバースへジャンプするきっかけとしてお馴染みのものになっているのではないかと思いますが、このMV内でも、ドラム缶から出てきた瞬間、そこになかったはずの銃を手にしているのは、‘대취타’の世界で処刑される寸前に銃を受け取った描写とリンクしているのではないでしょうか。

 

 

過去の自分を撃つという行為について、何も考えず見たままを捉えるととても残酷に思えますが、決してネガティブなメッセージではないと受け取っています。

例えば、『D-DAY』の1曲目を飾る同タイトルの曲の歌詞には、
“劣等感の中で自己嫌悪に陥ること、そういうものへ 今日をもって銃口を向ける”
という内容の歌詞がありますが、MVのラストシーンにもこの歌詞と同じメッセージが込められているのだと考えています。

 

蓮の花は泥の中でも

燦爛たる花を咲かせるから

ねちねち他人と比較 劣等感 自己嫌悪

こういうものに向かって 今日をもって銃口を向けて

あなたは何なのか? 限界なんて壊せよクソ野郎

過去を後悔しないで未来を

恐れるな クソ野郎        


(‘D-day’より)

 

 

 

‘AMYGDALA’で初めから登場するグレーのニットの服の彼が、自らを傷つけた時に登場した黒服を着た人物は、王や警官の姿と同様に、本来の自分を守るため、強さで全てを支配するものの象徴のようにも見えます。

しかし、一見、黒服の男がニットの彼を閉じ込めた犯人のように見えますが、黒服の男が彼を閉じ込めるといった描写は直接は描かれていません。
グレーのニットの彼が、ありのままのミン・ユンギだとすると、目の傷が生まれた瞬間に現れた黒服の人物は“Agust D”なのではないかと解釈しています。

自らを傷つけ強い自分が生まれた描写に、1st MIXテープに収録されている‘The Last’という楽曲の中で、“ミン・ユンギはもう◯んだ”“俺がやった”という歌詞が登場することを思い出しました。

これはAgust Dという存在を通して自分の記憶の中に秘められた怒りや苦しみを吐き出し、扉の向こうの光を恐れながらも求めている彼自身の葛藤を視覚的に描いた作品なのではないかと捉えています。

 

 

黒服の男が縦横無尽にラップを紡ぐ姿は、‘해금’のアジトで踊るならず者の姿も彷彿とさせます。

また‘해금’の終盤のシーンで、ならず者の男がパトカーから身を乗り出しているのは‘대취타’で黒髪の男が処刑場に車で乗り込んできた時の描写ととても似ており、各MVで役割の対応するキャラクターの行動や末路には共通するものを感じています。

 

‘대취타’では2人のAgust Dの違いを“金髪と黒髪”という色の違いで、分かりやすく区別されていましたが、‘해금’ではあえて2人のAgust Dの違いを分かりにくくしていると、ユンギ自ら話していました。

自分の中の倒さなければいけない人格として描かれていた‘대취타’に比べ、正義と悪が曖昧に描かれているのは、Agust Dトリロジーの中に刻まれたすべての自分を許し、どちらも紛れもなく自分であることを受け入れていく彼の心の救済への過程を表現しているのではないかと考えています。

 

 

AMYGDALAとMVに込められたメッセージとは

 

‘AMYGDALA’の中で挟み込まれる記憶のシーンの中で、手のひらに出された薬の錠剤がアーモンドに差し代わるシーンがあります。
その直後何かが弾けるような映像を挟み、全てを洗い流すような雨に打たれながら、世界が平均を失い、過去のミン・ユンギ少年が部屋の中に閉じ込められた自らを救うために走り出します。

 

アーモンドというアイテムは、扁桃体と形が似ているそうです。

韓国の小説『アーモンド』の中で人より扁桃体が小さい主人公のために母親が迷信を信じて大量のアーモンドを毎日食べさせる…というシーンがありますが、物語の中のアーモンドは母親の愛を表すアイテムなのだと解釈しています。
MVの中でもまた、食べていた物が無機質な薬の錠剤からアーモンドになったことは、温かな記憶のメタファーなのではないでしょうか。

 

MVの序盤、カーキの服の男がアーモンド(冒頭では扁桃体の象徴)を口にするたびに辛い夢が繰り返されますが、多くの記憶を取り出し整理していくうちに、温かな記憶の断片に触れ、洗い流されるように雨に打たれながら、扉の外へ出ようとする白い服の彼と、そんな自らを救おうとする過去の自分。
MVの物語は、光の射す扉にたどり着くことなく、また扉をこじ開けてやることができないまま、明確な結末を描くことなく幕を閉じます。

 

AMYGDALA’で閉じ込められたように見える彼は、本当に閉じ込められているのか?というヒントをユンギ自ら話してくれていましたが、黒服の男が直接閉じ込めた描写はないと先述した通り、その部屋から出られないと、もがき苦しんでいるのは、そもそも彼自身が作り出した苦悩だったのではないかという結末なのだと解釈しています。

 

D-DAY Weverse Liveの中で、ユンギは‘AMYGDALA’のMVには『D-DAY』を貫くメッセージをたくさん盛り込んだと話していました。

 

「僕の苦しみと僕の悲観的な考えは、時間が経ってから考えると、自分が自分で作っていたものでした。違う解釈をしていたら、あの当時に考え方が変わっていたら、そんなに辛くなかったかもと思い、そういうものをビジュアル化しようとしました。」

 

AMYGDALA’をバッドエンドと捉える人もいるのかもしれませんが、Agust Dの3つのMVの時系列は、見た人の解釈次第だというユンギの話と、目の傷の痛々しさが各MVで違う…というヒントから組み立てると、
時系列としては傷をつけた‘AMYGDALA’が一つ目の物語であり、傷が癒えて消えかけている‘해금’が3部作の最後に位置するのではないかと思います。

 

時系列(推測): AMYGDALA→대취타→해금

 

AMYGDALA’で扉を開く描写は描かれていませんが、そこから続く世界観のMVの中ではそれぞれ自らを縛る自分を撃ち、解放へと向かいます。

 

部屋に閉じ込められた自分を過去の自分が救い出そうと走るように、
ならず者の彼らがそれぞれを支配しようとするもう一人の人格を倒すように、自分を救うのは他の誰でもない自分なのだというメッセージを一連の作品の中に感じています。

 

 

最後に、これは個人的な考えですが、“振り返ってみると、自分の苦しみを作っていたのは自分自身だった”という考えは誰かの心を軽くするかもしれませんが、この言葉を大きく受け止め、すべてが自分のせいなのだと曲解してしまう人がいないことを願っています。

この世の中には、自分の考え方次第で自分を救うことができることもあれば、自分の力だけではどうやっても避けることのできない苦しみや悲しみがあることもまた事実です。
私たちは大好きな人の言葉や思想を自分ごと以上に重く受け止めてしまうことがありますが、BTSのSUGAがAust Dとして紡ぎ魅せてくれた物語は決して誰かを説いたりその考えを押し付けるではないこともまた私たちはよく知っているでしょう。

Agust Dとして語られた物語を通して、とても強く尊く見える大好きな人もまた、自分とは違う苦悩や葛藤を乗り越えてきたのだという事実が、この作品を受け取る人たちにとって、そっと心に寄り添ってくれる勇気になることを願っています。