BTSの最新作‘Proof’にも収録されている「Her」
この曲をアンソロジーアルバムにpickしたj-hopeによると、この曲は愛の歌として作られた楽曲だそうです。
2017年にリリースされたミニアルバム『LOVE YOURSELF 承』のOutroとして収録された「Her」は、自分の中の異なる面に戸惑い、恥じらい、葛藤する心境が語られ、LYS後にユング心理学の考えをヒントに作られたアルバム『Map of the soul』へのコンセプトにつながっていく面も。
そんなARMYからも根強く支持されているBTSの隠れた名曲(?!)「Her」のすばらしさを探ります。
ラップラインが送るラブソング
『LOVE YOURSELF 承』以前のアルバムではイントロはラッパーライン、Outro(アルバムの最後を飾る曲)ではボーカルラインの曲…という構成が多かったものの、このアルバムではイントロをJIMINが担当し、Outroをラッパーラインの3人で飾るという新しい試みがありました。
楽曲解説によると“自分たちだけの方式で、飾り気のないリアルラブは可能なのか…ということに対する考察が語られる”とありますが、歌詞を見ていくと、この曲の主人公と彼女は“BTSとARMY”とも受けとれる描写が散見されます。
「Her」をプロデュースしたSUGAはアルバムリリース時の記者会見にて、
「Her」の歌詞は、虚栄を伴わない愛は存在するのだろうか?という問いから作ったと話していました。
“過去のBTSのアルバムに入っていたようなラップスタイルの楽曲で、過去の自分たちのスタイルをお見せすることができる”…と話していた通り、Boom Bapを基盤としたヒップホップ曲で甘美なEPが魅力的な一曲に仕上がっています。
Boom Bapに乗せて届く懐かしさの正体
Boom Bapとは、90年代に流行していたサンプリングを主体としたヒップホップのジャンルで、太いキックとスネアが主張されたビートが特徴です。
気になった方はRMも敬愛している「NasのNas Is Like」をぜひお聴きください。
Nas - Nas Is Like (Official Video) - YouTube
BTSの過去曲では、同じくBoom Bapが基盤となっているであろう「이사 (引っ越し)」や「Whalien52 」のビートを彷彿とさせ、SUGAの話していた言葉どおり“過去のBTSのアルバムに入っていた楽曲”の匂いが感じられます。
また、この件については何か言及されたことはないので偶然かもしれませんが「I NEED U」MVの冒頭でのみ流れる物語のイントロのようなメロディーと「Her」のイントロはとても良く似ています。
(メロディーのインターバル(音の距離)はどちらもm3からP4と同じ音形です。)
“過去の自分たちのスタイルをお見せすることができる”という言葉のとおり、懐かしさを感じさせるメロディーのあと、ラジオのチューニングを合わせるかのように音程が狂いRMのVerseがスタートします。
「I NEED U」とのリンクは偶然ともいえるものですが、奇しくも“君が必要だ”と歌う曲で一気に知名度を上げた彼らが世界的なスターに駆け上がりはじめたタイミングでリリースされた“虚栄の伴わない愛は存在するのか?”という問いは、出会ったばかりの恋人たちが本当の意味で愛し合う前にぶつかる壁のようなドラマ性を感じます。
哲学的なリリックとサウンドの秘密
君と出逢って僕が本だという事を思いついたのか
それとも 君が僕のページをめくったのだろうか
偽物の世界でもいい 君が抱いてくれるなら
君は僕の始まりであり 結末そのものだから
君が僕を終わらせてよ
RM Verseのこの二つの詩的な表現はどちらも、BTSとファンの関係を彷彿とさせます。
“本”とは、ページをめくる読み手が存在して始めて物語が始まるもので、私たちARMYが彼らの“本”を手に取り読み始めた瞬間が始まりであり、私たちがそれをやめた瞬間が結末なのだという意味にも受け取れます。
1:25~ SUGA Verseへの導入部では、目覚めて伸びをするような気だるさを感じるSUGAのコーラスが二重に重ねられています。
二重に重なった声は、本当の自分、仮面をつけた“あなたの望む自分”。この2つの存在がサウンド面からも表現されているかのようです。
リリックの“어쩌면 나는 너의 진실이자 거짓일지 몰라
(もしかすると 僕は君の真実であり嘘かもしれない)”から始まる、Aと対称的なBを並べる形の詩は、featuringとしてラップでも参加したイ・ソラ氏の「신청곡」 と似ていますが、この2曲はどちらもWINGSツアーでアメリカのシカゴのホテルで作業したと話しており同じ時期に書いたので構成が似ているとのこと。(Vlive談)
「Her」
“어쩌면 나는 너의 진실이자 거짓일지 몰라
(もしかすると 僕は君の真実であり嘘かもしれない)”
「신청곡」
난 누군가에겐 봄 누군가에게는 겨울
(私は誰かにとっては春 誰かにとっては冬)
そして度々登場する“仮面”とは、MOTSにも続くユング心理学における“ペルソナ(仮面)”です。
“マスク(仮面)をつける”という表現が用いられた
“오늘도 make up to wake up and dress up to mask on”という歌詞は、慣用句のようにHIPHOP音楽以外の場面でもセットで使われることの多いリリックですが、
RMのソロ曲「Unpack Your Bags」にも登場するフレーズです。
J Hope Verseではクライマックスに向けてビートが変化します。
警報のような音が鳴り響き、ビートはシンプルに。
シンプルに削ぎ落とされたビートはまるで鼓動のように響き始めます。
このビートの変化は歌詞の“消えた星 僕の荷物を下ろして 闇を楽しむ”という意味のフレーズともぴったりとマッチします。
後半に向けてピッチの上がるメロディーにより柔らかな高揚感を感じる「Outro: Her」。
この曲の収録されたアルバムのタイトル“LOVE YOURSELF”を直訳すると「あなた自身を愛しなさい」となります。
自らを偽ることなく愛し合うことは可能なのか…と歌うこの楽曲は自分を愛する過程でぶつかる問いを柔らかなサウンドで包み込みます。
BTSの楽曲の真の魅力とは!?
近年では世界で活躍する名だたる音楽家たちとの共作も多いBTSの楽曲ですが、「Her」はSUGAを中心とし、デビュー当時からBTSの楽曲のプロデュースをしているSlow Rabbit氏、RM、j-hopeの4人で制作されています。
シンプルながらも歌詞の世界観と一体となったサウンドや哲学的な問い。スパイスを調合していくかのように様々な要素を落とし込んだそのセンスと、一曲一曲に込められた想いにこそ、BTSの真の魅力がふんだんに詰め込まれているのだと思います。
これから始まる誰も見たことのないBTSの新章がどんなものになるのかまだ誰にも分かりません。
世界は広く芸術の沼は深く、彼らに吹く風は決して追い風ばかりではないでしょう。
しかしながらこれまで沢山のARMYたちを癒し励まし勇気づけてくれた過去曲の中にこそ、かれらのまだ見ぬ果てのない可能性を見出さずにはいられません。